ハッカージャパンとその頃の自分を振り返る14(2002年-3)   2 comments

Posted at 5:25 pm in diary,internet,日記

ひさしぶりに外で仕事することになりました。しばらく労働にいそしみますよ。

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のんびりしてばかりというわけにもいきません

前年ひどい目に遭ったのですが、またまたラスベガスに行くことになります。このときは前年とは違いDEFCONだけの取材で、忙しいのは忙しかったのですが、あまり変なことも起こらず割と平穏無事に過ごせた気がします。会場から自分のホテルまでが思った以上に遠くてトイレになかなかたどり着けず尿意が大変だった気がしますがそれくらいですね。

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アメリカ行きました

11月号にはそのときのDEFCONで大人気だった(セキュリティフライデーの人たちは会場のいろんなところで声をかけられてました)IE’enの原稿を書いてもらっています。あとDEFCONではcDcが大人気でステガノグラフィーとかハクティビズムというのが大きな声で言われ始めたのもこのあたりからだった気がします。

そしてこれを読んでる人にはどうでもいいことだと思いますが、帰国して8月末に入籍しました。このころはまだ白夜も景気が良かったのか、会社から月給より多い結婚お祝い金をいただいて、結婚して良かったなあと思ったものでした。ついでに結婚休暇がもらえたのですが、休んでいるヒマはなくもちろん出社していました。

そんなDEFCONの記事を書いたりPCルーター作成の記事を書いたりした11月号でしたが、取材でメイドカフェを初体験したのもいい思い出です。そしてまたまた書籍を作ることになります。

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アメリカに行きつつ特集の原稿を書いた11月号

吉野さんの「裏ツール」に端を発したツール本が大ヒット(10万部ですってよ)したこともあり、さまざまな出版社から似たような書籍が出ていました。それに載っかってライターの橋本さんが「ネットランナー」に寄稿したものをまとめた「爆裂ツール裏ベスト100」という書籍です。

このころの白夜では、先行で売れている類似書があれば企画は割と簡単に通るので楽勝でくぐり抜け(逆に先行書がないとほとんど出すことはできませんでしたが)、書籍の編集と版下データの作成まで橋本さん事務所にお任せすることになり、こいつは楽勝と思っていたのですが、そんなに簡単にはいきません。

なぜかあるはずの原稿がなかったりレイアウトの作業が遅かったり入れる座談会がいっこうに開かれなかったりで作業が遅れに遅れ、なぜか最後の方は朝橋本さんの事務所に立ち寄ってQuarkを使って組み版の手伝いをしてから白夜に出社して仕事して、夜になるとまたお手伝いするという二重生活を送る羽目になりました。そして、頼む時間がなかったので11月号に掲載する自社広を自分で作ったのでした。たぶん最初で最後だったと思います。

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1人で作った自社広と特集の原稿

 

Written by bogus on 1月 17th, 2014