ハッカージャパンとその頃の自分を振り返る13(2002年-2)   2 comments

Posted at 5:43 pm in diary,internet,日記

こんにちは。寒いですね。体も心も財布も冷えてます。

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しょうがないのでゴミ箱でも漁ります

 

いよいよ雑誌「ハッカージャパン」の創刊なのですが、その前に書籍のお仕事が入ります。「ハッピーハッカー」というVladさん翻訳の書籍だったのですが、創刊号の準備が忙しくてこちらについては校正を読んだくらいでほとんど中身には関わってない気がします。

あまり関わらなかったけどハッピーハッカー

あまり関わらなかったけどハッピーハッカー

6月になるとハッカージャパンの創刊号です。

手元にこの号だけが見当たらないのでどんなことをやったのかは思い出せないのですが、新創刊とはいえそれほど中身は変わらず特集とコラムに後ろの連載記事という流れのままです。確か1折減ったので、その分連載も特集もコンパクトになったと思います。

創刊して新しく始めたのはHackerJapanNewbiesという色紙のところです。好きにやらせてくれることになったということで初心者向けっぽいことをたくさん詰め込みますが、たくさんの人に依頼しているだけあって仕事量が大変なことになります。引き続き連載もたくさん担当しています。

そして創刊号と2号目の間に書籍を出します。

以前出した「大人のCGIスクリプト」なのですが、注文があるにもかかわらず倉庫の引っ越しか何かの都合でなぜか在庫を廃棄してしまい出荷できないとのことで、急遽増刷ではなく増補改訂新装版を出すことになります。書籍を出した以降もまだ連載は続いていたので、これ幸いにページ数も中身も値段も増やしての発売となり、半年くらい前から少しずつ気合いを入れて作業をしていました。

このときに橋本さんの事務所のスタッフで、作業をお手伝いしていただいてた工藤さん が突然お亡くなりになります。工藤さんとは事務所ですれ違ったときに軽く挨拶する程度の関係だったのですが、亡くなる数日前に初めて長話をして、バイクの 改造の話で盛り上がったりして、楽しくて感じのいい人だなあと思ってた矢先だったのでショックが大きかったです。たしかまだ30代前半でした。ちょうど同 じ頃に白夜と関わりのあった大日本の営業の人もお亡くなりになっていました。いろいろ考えさせられることになる出来事でした。

他に岡本くんの「2ちゃんねる中毒」という書籍も発売されていますが、本誌の方が忙しくてこれにもあまり関わっていません。

1号目のことを思い出せないので2号目を見てみると、特集2と3に関わってます。特集3は山本洋介山名義がはじめて出てきます。たぶん何かの都合でライター名を立てた方がいいってことになったので、適当にそのへんで思いついたものを付けたはずです。もしかして1号目から出てるのかもしれません。そんな名前を現在まで使っているのですから不思議なものですね。実験では社会人1年目に大阪で作ったMMX200のマシンを使ってます。今ではお金もらっても欲しくないスペックですが作ったときは込み込みで20万くらいしたはずです。懐かしいものですね。

創刊号が見つからなかったので創刊第二号

創刊号が見つからなかったので創刊第二号

このころからペンネームを使うようになりました。

このころからペンネームを使うようになりました。

そういえばこのころはWinMXが流行ってて、どこに行ってもその話をしていた気がします。そんな記事も掲載されています。

Written by bogus on 1月 10th, 2014